すーぱーからしちゃんねる

からしがみたものをまとめたものです。

国立劇場『女殺油地獄』

f:id:karashi-channnel:20230305130906j:image

【きっかけ】
記事には残していませんが、歌舞伎を観に、大劇場に足を運んだことがあります。立て替えが迫って、焦って観に行った感もありますが。就職して、実は会社から近いことを知って、すっかり好きな劇場になりました。
文楽は観たことがありませんでした。Eテレで映像を少し見たことがあるくらい。義太夫節が何を言っているのかわからなくて、お話を観るというよりは、お人形の動きを見る、といった感じでした。
いつかは観たいと思ってたんですよね。人形浄瑠璃の本場、大阪に住むお友だちから「歌舞伎で見たことがある演目を選ぶとわかりやすくていいよ」とすすめられました。『女殺油地獄』なら、昨年末に南座で観たばかりだし、多少は物騒でも、生身の人間の殺しじゃないから、後味も悪くなかろう、と思ってこの演目を選びました。でも、そんなことなかった。お人形の生き死にって、生身の役者の何十倍もリアルで生々しかった。
小劇場は、宝塚バウホールくらいの大きさで、椅子は大劇場と同じ、白いふかふかの椅子だった。後ろの方の席が空いていたので、後方に座った。これが正解だった。舞台の上部両サイドに、義太夫の字幕が出るので、視線の動きが最小限で済んだ。お人形をアップで観たければ、オペラグラスを使えばちょうど良かった。
なぜか、わたしの周りの席には男子大学生が数人座っていた。「立て替え前に観ておかないと。歌舞伎は歌舞伎座でいつでも観られるけど、文楽は簡単に観られなくなる」「こういう割引があるなら、俺も文学部に転科したくなってきた」等々、楽しそうにお喋りしていた。そいうえば、わたしも文学部出身だったので、文楽や能が割引になる何かがあった気がする。美術館や博物館ではよくお世話になった。
国立劇場は、障がい者割引がある。ネットでチケットを買った場合、窓口に申し出れば、額面の2割を返金してくれる。そのままお弁当代になってしまうけれど、ありがたい。ただ、窓口の人があまり慣れない様子なので、美術館や博物館の対応より、やや高度なコミュニケーションが求められるのがちょっと気になる。悪用したりする人もいるから、仕方が無いとは思うのだが、もうちょっと簡素化してくれると、仕える人が増えると思う。


【所感】
すごく面白かった。歌舞伎との違いをなぞりながら観るのも面白くて、整った様式の世界も面白かった。こんなにたくさんの人が関わっている演目が7000円で観られるなんて、コスパが良すぎるだろう!と思った。
女殺油地獄』は知っている演目だからか、わたしの古典リスニングスキルが上がったからなのか、字幕なしでも全然わかったし、ホンが面白いからとても楽しかった。お人形が表情豊か。Eテレで観たことある人が出てきた。顔を出している人と、黒衣の違いは何?エエ声の太夫が代わる代わる出てきて楽しい!
泣くような演目じゃないのに、大号泣してしまった。酷すぎて!!なんだよ、人形の方が酷いんじゃん!!お吉に感情移入してしまって、「3人の娘(歌舞伎では一人娘だった)を残して死にたくない!」と髪を振り乱して叫ぶ様に、涙が溢れてしまった。そこからもう、与兵衛が極悪非道に見えて仕方ないし、油でつるつるしても笑えなかった(客席では、笑っている人が結構いた。どういう感性なの?)息絶えたお吉が床に横たわる瞬間、スッと姿を消した人形遣いを目撃して、本当にお吉は『死んじゃった』と思った。お人形は生きられるし、本当に『死ねる』のだ。生身の役者には出来ないことだ。文楽の奥深さ面白さが振って降りてきた。
歌舞伎の『女殺油地獄』は『与兵衛の孤独の話』だなと思っていましたが、文楽のそれはちがいました。生身の役者が演ずる与兵衛って、どこか可愛げがあって、なぜか許せてしまう。最後に犬に吠えられて脅える姿が印象的。文楽には、その演出がない。わたしの心には、お人形の与兵衛は、極悪非道に映って、同情の余地なく、理不尽なる殺人鬼でしかなかった。歌舞伎のお吉は、死ぬことで色気が放たれるようにエロチックだと思うのだけど、お人形さんのお吉は、生への執着、生きんとするエネルギーに満ちていた。


【また行きたい】
終演。男子大学生たちは、興奮した様子で、バチバチと若い拍手をしていた。わたしもそれに負けずと拍手をした。これは面白い。また来たい。国立劇場の立て替えが始まったら、東京で文楽を観る機会も減ってしまいそうなので、機会があったら絶対に観に行こう。いつか『義経千本桜』の四の切が見てみたいです。
Eテレで見たことある!と思ったのは、人間国宝桐竹勘十郎さんでした。人間国宝の芸をこの値段で見られるなんて。