
映画が上演された時は小学生だったと思います。今は亡き祖母と、祖母の家の近くの映画館に並んで見に行ったのを覚えています。でも、お話についての印象ってあんまりないんだな。「音楽が綺麗だな」とかは思ったかもしれません。子供にはテーマが壮大過ぎて、ある意味では現実的過ぎて、『トトロ』とか『ラピュタ』みたいなのを期待して行っちゃったものだから、「あんまりよくわからなかった…」のが正直なところかも知れません。じゃあ、いつ頃くらいにこの話に追いつけるようになったかというと、やっぱり大学生くらいの時だったんじゃないかなと思うのです。宮崎駿の弟子、庵野秀明の『新世紀エヴァンゲリオン』のアンチテーゼとしての『もののけ姫』としての理解がその最初の一歩でした。はい。この切り口から語り始めると論文が書けてしまいそうなので早々に切り上げますが、わたしにとって『綺麗だけどあんまりよくわからない作品』がスーパー歌舞伎になるって言うのですから、楽しみにしないわけがない。
わたしが歌舞伎に興味を持つきっかけになったのが、新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』です。物語が立体的になり、且つ、難解なストーリーが3次元化されることにより、感覚的にわかりやすくなるというマジックを経験しました。歌舞伎の表現技巧の奥行きの深さを知りました。脚本が『ナウシカ歌舞伎』と同じく、丹羽圭子と戸部和久であるところには安心どころか、期待が大いに膨らみました。演出が横内謙介であるところも。チーム猿翁。
というわけで、今年の夏一番のイベントとなった『もののけ歌舞伎』の感想を残していこうと思うよ。
【シナリオ】
改編含めてすごく良かった。映画では抽象的、やや抒情的にわかりにくくなっている部分を、説明くさくなく補完しているのがよかった。それも演劇的手法で!映画では朝廷がどうなのか、エボシは誰と駆け引きをしていて、タタラ場は誰に燃やされたのかぼんやりしている印象だったのですが、そのあたりがハッキリと見えてくるようになっていたのがよかった。
映画では『生きろ』がテーマのようでしたが、歌舞伎では『共に生きよう』。これが今のキナ臭い現実世界のムードに輝くひとつの星のように思えて、たいへんよかった。『会いに行くよ、ヤックルに乗って』が最後のセリフとなりますが、わたしはここに、人間の心の分かり合えなさを感じてとても美しいと思いました。『会いに行くよ』だけじゃだめなんです。『ヤックルに乗って』と続かないと。なんかうまく言語化できないけど、その人間の業と感情と一筋縄ではいかない不器用で愛くるしい部分を、この台詞が結ぶアシタカとサンの関係性に見出してしまって「ああなんて人間ってラブリーなんだろう」と思ったのです。
脚本ではどうなっているかはわからないのですが、タタラ場に赤ちゃんがいたのが印象的でした。映画のタタラ場には子供が出てきません。これは共同体としては不思議なことです。この改編はとても良いなと思いました。赤ちゃんがいるって、それだけで希望だもの。
有名なセリフの使い方も良かった。特にモロの『お前にサンが救えるか』を3回繰り返すところが良かった。ここもとても演劇的で良かった。
しかしながら、脚本が歌舞伎的に改変されているかといえば、そういう感じはしなかったので、そこは物足りなく感じたかな。これって2.5次元じゃん、となりかねない。義太夫節を入れるとかしてほしかった。そしたらスーパー歌舞伎じゃないか。難しいな。
【セット】
スーパー歌舞伎といえば、ぶっ飛ぶセットだよktkr!! 特にタタラ場のセットは迫力がありました。大階段もあって、ヅカオタ育ちとしてはわくわくしちゃったよ。そして團子ちゃんと壱太郎さんは、タカラジェンヌのDNAもあって大階段が似合う似合う!
全部アナログなのが良かったです。というか、現代に於いて、人の手で作られたものを見ると、とっても贅沢な気持ちになります。
【衣装】
わたしはモロのお衣装が本当に大好きです。もふもふでキラキラのドレス!何かの記事で読んだのですが、あのスカートにはワイヤーが入っているとのことで、とういうことは、つまり輪っかのドレスってことじゃん!女方さんの輪っかのドレス大好き!それを笑三郎さんが気高く着こなされていて、花道を綺麗に動いている姿を拝見して、何度もうっとりしてしまいました。
山犬としてはアニとオトの衣装も素敵でした。一見、義経千本桜の源九郎狐っぽいんだけど、それともちょっと違う。絶妙なモフ感と力強いデザイン。かわいいだけじゃなくて、ちゃんと格好いい。
サンの衣装も良かったな。山犬の子なのに羽根のスカートなんだとか。エボシ御前の鬘も素敵だったな。後毛(あれなんていうの?)がキラッキラ。
【音楽】
なんで全曲和楽器じゃないんだと言っている人もいたけど、わたしは洋楽で歌舞伎やってるのがスーパー歌舞伎っぽいなと思うので、今回の劇伴には満足しています。
【キャスト】
・アシタカ
花道を颯爽と駆け抜けてきた瞬間に「なんて清廉なんだろう!」と感激いたしました。この真っすぐさ。潔白さ。いのちの輝き。團子ちゃんが演じる事で、生身の人間がアシタカ役をする意義が生じます。同じ時間を生きているもの同士でないと享受できないこのひかり。共に生きている喜びを寿ぎたくて、わたしはお芝居を見に行っているのです。この輝きって、若いから出てくるものだけではないと思うんですよ。これは芸です。明白に技巧です。これが團子ちゃんの芸なのです。だから、ぜひこのお役を、40代、50代になっても演じ続けてほしいと思うんですよね。芸は磨かれ、いのちは更に輝きを増すから。
・サン
口数の少ない女の子ですよね。だからこそ、彼女が発する言葉はとても強い。それを壱太郎さんが苦しげに発するのがとても良かった。わたしにはサンは孤独に見えました。彼女にとって孤独であることは問題ではなさそうですが。動物にも人間にも神様にもなれない身を、どう扱って良いかわかっていないように感じました。でも、その『あいまいさ』が良かったです。サンのアイデンティティを描ききっていないところ。
サンはタイトルロールだけど、物語の中心に居ないんですよね。主人公でもなければヒロインでもない。ある意味では『もののけ姫』という神様なのかも知れない。
・エボシ御前
台詞の美しいことといったら。サンが無口なので、対比になっていてこのコントラストは非常に良い。時蔵さんも美しい。映画のエボシ御前より情に厚い女に見えました。時蔵さんも仰っていたけど、理想の上司、ですよね。
最後の場面の憑き物が落ちたような遠い目が印象的でした。きっと、いい村を作るんだろうな、そう思うと、胸が熱くなるのでした。
・モロの君
本役・美輪明宏。その時点でもう強いよ。笑三郎さんは相当なプレッシャーだったろうなと思いました。しかしながら、予想を上回るこの美しさ、強さ。存在感。美しい口跡。まるでオペラ歌手のような存在感でした。アシタカに見せる神的な部分、サンに見せる母的な部分、双方の演じ分けが素晴らしかったです。
映画ではモロは出血していたり、首だけになったりと、結構グロなんですけど、歌舞伎ではスカーフやストールで血を表現しているのが上品で素敵でした。
・ジコ坊
一本歯の下駄で走れる人っているんだね!?猿弥さんが飄々と走り回ってるもんだから忘れがちになっちゃうけど、原作通りですごい。本人出てきた!って思ったもん。
飄々としてはいるのだけど、考えもあるし、打算的でもある。コメディリリーフになっていないところが良かったです。
・乙事主
本役・森繁久彌。強い強すぎる。
ねえ、わたし今まで見てきた中車さんのお役の中で、乙事主が一番好き。それくらい的確だった。神的なるものとしての威厳、自尊心、執念、狂い、怨念。乙事主が一番歌舞伎的なお役だったのかも知れません。見ている時の自分の身体の緊張感が、重厚な時代物のお芝居を見ている時と似た感じだった。僭越ながら、成長に年齢って関係ないんだなと思いました。
・ヤックル
本当に、アニメから飛び出してきたみたいなヤックルでした。表情豊かで、優しくて(いろんな人を乗せてるよね)強いのよ。しかも、見得もする!非常に歌舞伎的である。何らかの賞を受賞してほしいくらいにお芝居していた!
・コダマ
出てくるだけでにこにこしてしまう。かわいかった。『もののけ姫』って実は血生臭いお話でもあるから、こういうほっこりできる場面があってよかったなあと思いました。
【友達の反応】
人生初歌舞伎の友達を連れて行きました。ジブリファンで、今回の公演は念願叶っての観劇。なんかねえ、ずっと泣いてたよ。泣いてたし、宙乗りには口に手を当てて驚いてた。「タッキーとか光一くんがやるやつじゃん!」って言ってた(笑)終演後、喫茶YOUでオムライスたべながらああだのこうだの話せて楽しかったです。今度は古典が見てみたいそうです。よっしゃ。連れて行っちゃる!
【母の反応】
母とはたまに一緒に歌舞伎を見ます。『ヤマトタケル』ですっかり團子ちゃんファンになった母、「『もののけ姫』は観に行く」と自分から言い出したので、はりきって2列目花横のお席を手配。
母は補聴器ユーザーなので、石火矢の発砲音や附け打ちの音がしんどそうでしたが、それでも楽しかったようです。
「壱太郎さんはすごいね。あんなに高いところから飛び降りて、バック転して、バック宙もして…」と言っていました。そうだね。すごいね!
「あの首が飛んだ人はさ、お人形だった??」とも言っていました。これには「最初から人形だったよ、よかったね」と答えておきました。
以上です。
※一部敬称略