すーぱーからしちゃんねる

からしがみたものをまとめたものです。

中野ザ・ポケット『グッド・バイ』

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住宅街にある劇場

【6月と彼のおもいで】

紫陽花の咲くキャンパスの植垣を眺めながら、こんな会話をした記憶がある。

「おれが今度通うことになった病院が、なかなかの由緒ある病院なんだよ」
「そうなの」
太宰治が入院していた病院で、今度こそ道が開けるかもしれない」
「それって由緒あるっていうの。太宰は死んじゃったけど」

4年間を一緒に過ごすことは叶わなかった。彼とのおもいでと共に、太宰治はわたしの中に存在している。好きだとか、嫌いだとかいう次元ではなく、太宰作品はいつもそこに居た。お芝居の感想を書くにあたり、彼とのエピソードは、読む人(あなた)にとって快も不快もなく、まさしくどうでもいい話なんだけれど、彼はそうやって自分が読まれる存在になったことを喜ぶであろうから、ここに記すことにする。
グッド・バイ。彼もそうだったのでしょうか。ひとりぼっちだったけれど。
彼の恋人とお茶を飲むとき、わたしたちはなぜかいつも、笑っているのです。生きるって、そういうことでしょう。

【期待】

わたしは宝塚ファンなので、OGが出演する公演情報がTLに流れてくるのはいつものことです。大体はスルーしてしまうのですが、『大空ゆうひ』『太宰治』『グッド・バイ』が目に飛び込んで来て、興味を持ちました。自分の誕生日(6/21)を如何に過ごすかを考えていて、『たまには小さな劇場で、濃密なお芝居が見たいなあ』と、ぼんやり思っていました。
そこで見付けたのが、NAPPOS PRODUCE『グッド・バイ』(脚本・演出/山崎彬)なのです。興味は抱いたものの、太宰の一生を描く…という宣伝文句に懸念がありました。観た後に気持ちが沈み込むほどに、辛辣で悲壮感が半端ないやつだったらどうしよう。誕生日の夜にそんな気分でお家に帰りたくない(笑)
『グッド・バイ』がユーモアに転化すれば笑える話なのは知っていましたが、太宰治の死までを描くとしたら…うーん、しんどくならないかなあ。などと、うだうだ悩みながらも、大空さんのセンスを信頼して、チケットを手配しました。

【全体像】

※まだ初日が開けたばかりなので、決定的なネタバレは避けていますが、まっさらの状態でご覧になりたい方は、お控えください。
表題の作品だけでなく、『人間失格』や『斜陽』、『ヴィヨンの妻』からの引用、太宰作品のエッセンスが所々にちりばめられていました。久しぶりにトリップした観劇体験となりました。おもしろかった。

田島周二=太宰治=津島修治(=永井キヌ子)

ひとりの人物を池下重大と大空ゆうひが演じるわけですが、そこに確かに存在する男性らしい男性性を持った池下さんと、いまだ存在そのものが浮世離れしている大空さんの対比にすごく痺れた。どちらも彼なのである。物語の世界と現実の世界を彷徨い、観客の思考は常にその狭間を往来しながら世界を眺めている。まさにトリップした感じで、もう本当に濃厚な経験!
1幕で散りばめられた謎やメタも、2幕で鮮やかに暴かれてゆき、快感でした。
兎にも角にも、役者たちが全員で殴りかかるようにぶつけてくる芝居の力強さよ。
人間とは。生きるとは。死ぬとは。男とは。女とは。物語とは。グッド・バイとは。

同じ公演を観ていたお友達が『私は例えるなら〇〇子タイプだなとか思いながら観た』とリプライをくれました。わたしはゴールをどう描ききるのか、どこにどうやって着地するのかを楽しみにしながら観てたのですが、なるほどそういう見方をしても面白そうです。わたしだったら富江ちゃんだな。若い頃の自分を重ねてしまう。

大空さんが退団後、初の男役!という宣伝がされていましたが、あれは別に男役ではないよね。男役っていうか、いち人間としての『津島修治』が男だったというだけであって。『男の役』ではなくて『人間の役』です。ただ、大空さんが『津島修治』へと変わってゆく様にはどきどきしました。性を捨て、化粧を落とし、魂だけになった道化。肉体が露わになる瞬間より、こころが裸になってゆくさまに、すごくどきどきしました。
大空さんだけではなく、出演されている女優さんみなさんが素晴らしく上手くて、みんなよかった!

さて、わたしは太宰治の作品も人生も知っていてこの作品を観たのですが、ほとんどご存知ない方はどんな風にこの作品を感じたのでしょうか。
水の轟音が聞こえれば玉川上水を想起したわたしと、きっと感じ方は違うはず。
まるで生きもののような演劇でした。

【うれしい再会】

大空ゆうひさんのお芝居を観るのは、宝塚をご卒業されてからは初めてで、一体何年ぶりなんだ!? わたしが好きな感じの世界で、再会できて良かった。信頼できる俳優さんです。あんまりにも美味しそうにコロッケを食べてたので、翌日食べました。おそれいりまめ。
また、劇中に『この人どこかで観たことある。声も聞いたことある。あれ?月映樹茉ちゃん!?』と気が付いた時には、この再会がとても嬉しかったです。今は永楠あゆ美さん。在団中から良いお芝居をされる方でしたが、今回も素晴らしかった…!


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あの子に会いに行こう

【お誕生日おめでとう】

心配していたわたしのテンションですが、勝手に早足になってしまうほど興奮しきって「すごいものを見た!!」という気持ちでおうちに帰りました。
やっぱり、たまには濃密なお芝居を浴びるのもいいな、と思う夏至なのでした。


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