【わたしとロシア】
このブログを始める前から、宙組は熱心に観劇していたので『神々の土地』は何度も何度も、観に行きました。TwitterやSNS、食事の席でいろんな考察を交換し合い、この作品に没入していた時期のことは、いまでも新鮮に思い出すことができます。ロマノフの黄昏の世界に、もっと浸りたい。この美しさを理解したいと、ロシア史関連の書籍を何冊か手に取り、読みました。あの日、自分の本棚に並べたこれらロシア史の書籍たちが、今日も尚、役に立っていることがなんだか面白く、愛おしく思います。
その中で、わたしが最もショッキングだったのが、皇帝一家の最期についてです。
はじめての恋に心躍らせて瞳を輝かせていたまどかちゃん(星風まどか)が演じたオリガ。自らの未来に「死」が見えても、母親を国民から守る決意をしたオリガ。彼女の運命を知って、アレクサンドラとオリガの場面を、嗚咽を殺しながら見守ったあの日。幕間に「オリガが可哀想で」と号泣し、「そんなに泣くんや…」とお友達をドン引きさせたあの日。
酢のスイーツばかりを食べさせられている宙担は、「またロシアww」と嘆きましたが、『神々の土地』『黒い瞳』を経てから『アナスタシア』の世界に出会うのと、それ以外とでは、きっと受け取り方のニュアンスや見える色や匂いが違うのではないかと思います。わたしには、そういった意味での期待がありました。
【期待】
アニメーションの『アナスタシア』は見た記憶がありませんでした(観劇後に見返したら、なんとなく覚えていて、自分の記憶の適当さに苦笑した)20世紀フォックスの映画であって、ディズニー映画ではないけれど、今はディズニーの傘下で・・・といった、ややこしい背景がある。そんな程度にしか知りませんでした。BW版も梅芸版も観ていません。なんとなく、主題歌の"Journey to the Past"をなんとなく知っているくらい。
稲葉先生は、『ウエストサイドストーリー(以下WSS)』の演出をされていましたね。ショーの演出家のイメージがありますが、お芝居にはどんな演出をつけるのだろう。アーニャという女主人公の物語を、どのようにしてトップスター真風涼帆が真ん中の宝塚の物語に改編してくるのだろう。
このご時世だから、オーケストラは難しいにしても、きっと宙組の歌唱は素晴らしいだろうな。
そして、『神々の土地』でもマリア皇太后を演じたすっしーさん(寿つかさ)が、再度『アナスタシア』で同一人物を演ずる意味はあるのだろうか。そして、そらちゃん(和希そら)の女役への期待。
スカイステージ諸々の、一切の情報を入れずに、歌舞伎座から羽田空港へ。そしてムラへと旅立ちました。
【全体像】
開演90秒で『これ7万回は観たい』と直感し、一幕後半に『いや、50億回観たい』って思いました。終演後には「今すぐわたしに5億円下さい!!」と叫びたかった。ここ数年宙組とともにロシアを旅してきた人は、是が非でも観るべきだと思った。『神々の土地』に泣き散って、帰ってこられないままでいるすべての民が『アナスタシア』を観るべきです!!(クソでか声)
さすが、WSSを二度も経験したトップコンビ。とにかく、いやあもう、歌!!!!歌がね、素晴らしい!!歌だけでも聴きに行きたいと思うほど。11月のはじめに観に行ったときは、どの生徒もまだ声の置き所を探っている雰囲気がありましたが、11月末にはもう、完璧に自分のものにしていた。出演者の人数が制限されている中でも、『コーラスの宙組』は健在で、幕が上がった瞬間から一気に世界観に引き込まれます。
ゆりかちゃん(真風涼帆)は、本当に本当に歌がうまくなったよね。お披露目からの伸びしろが半端ない。トップスターになっても、研鑽されてゆく芸。これこそ宝塚歌劇を見続ける真価なのよ。今作は宝塚歌劇なので、主人公はタイトルロールのアナスタシアではなく、ディミトリになるわけですが、ちゃんと真ん中に立っている。トップスターとしてのハッタリではなく、説得力がある。新曲の"She Walks In(彼女が来たら)"は恋の予感と冒険への期待を気持ちよく歌っている。WSSの"Something's Coming"のようで、トニーを二度演じたゆりかちゃんの貫禄を感じた。役作りも飄々としていながら、肩の力が抜けていて『泥棒のプリンス』らしくちょっと斜に構えていて格好良かった。英語的な表現に苦戦している雰囲気は拭えませんが(君が女の子じゃなかったら~、のところ。難しいよね)風味を損なわないように丁寧に演じているのが印象的。
『神々の土地』の民としては、ユスポフ邸に住んでいる真風涼帆が面白すぎた。みんなが思っていることだと思うけど。そしてフェリックス的には「汚い泥棒ねずみの住処になるなんて」なんだろうなと(笑)
そしてこれは”まかまど”として功績を讃えるべきだと思うんだけど、"In A Crowd Of Thousands(幾千万の群衆の中)"は本当に素晴らしかった。本当にね、情景が見えるの。アーニャとディミトリを観ているのに、あの日のパレードが浮かんでくるの。見たこともないのに。ロマンチックで美しく輝くふたりを見ていると、しあわせでふわふわしてしまう。ハッとしてアーニャに跪くディミトリ。うっとりし過ぎて泣いてしまう。
まどかちゃんは、もう本当に最高。宝石のようだった。行動力があるし強いし(武力)浮かれないし負けず嫌いだし働き者だし、現代のプリンセス像そのもののアーニャを、宝塚歌劇の娘役というキャラクターのまま自在に演じているのが本当に気持ちよかった。その上、何を歌っていても気持ちがいい。爽快なの。"In My Dream(夢の中で)"は壮大で、彼女の運命を予感させてくれる。"Learn To Do It(やればできるさ)"では、顎を上げて得意げにスキップしているところが本当にキュートだし、ラップのパートに入る前に、一瞬キュッと気合いを入れるところなんて最高にかわいい。パリでマリア皇太后に再会し、心が通じ合う場面では、『神々の土地』に泣き散って、未だ帰れって来れない魂が成仏した。ディミトリとの掛け合いでは、豊かな世界を見せてくれた。何度見ても新鮮で、ゆりかちゃんとのトップコンビ芸が光っていた。
キキちゃん(芹香斗亜)のグレブは、わたしにとって一番刺さるキャラクターでした。確かに『レ・ミゼラブル』のジャベールっぽい。でも、グレブはアーニャに恋する男なので、趣が違う。『歌劇』の座談会で、当時のソ連の思想的なところから役作りをしたと語っていたことに好感を抱きました。上辺だけの役作りではないから、この”深さ”があるんだろうなと思った。台詞も少ないし、劇中で関わる人物も少ないのに、すごく彼のことが気になる。『アーニャに一目惚れをした』という表現が的確だし、説得力がある。わかる。キキちゃん流石だなあ。もちろん歌も素晴らしい。こんなに歌って聴かせる人だとは。"The Neva Flows(ネヴァ河の流れ)"にも"Still(それでもまだ)"にも、迫力があった。
やっとずんちゃん(桜木みなと)のキラキラした笑顔に会えたよ!会いたかったよ!ここ何作も拗らせ男ばかりだったずんちゃんが、ヴラドというチャーミングな役に出会ってくれてよかった!こういう軽快なキャラクターの方が、本人の任に合っていると思うのですが。ディミトリとのやりとりも息ぴったりで良かったよね!そういえばこの二人は、トニーとリフだったんだよね。歌がうまいのは知ってたけど、切なさとか、おじさんだから出せるような侘しさ、みたいな新しい味が出ていたのが印象的でした。まだまだ見られていない場面がたくさんあるので、東京でもずんちゃんの笑顔を楽しみたいと思います。一番のお気に入りは、そうですね、「ポ・ポ・フ♪」のところですね。かわいい。
『あれ、あの女役さんすてき誰?』とオペラグラスを上げて数秒・・・『ああ!ソラちゃんか!!』と、新鮮な驚きを与えてくれたソラカズキのリリー。観た人10人が10人「上手かったねえ」と賞賛するであろう程に素晴らしかった。伸びやかな歌唱。そんなソプラノどこに隠していたんだ!?期待を裏切らない華。ネヴァクラブでブイブイと場面を回していく姿の華やかなこと!歌や踊りだけではなくて、お芝居でも魅せてくれた。チャーミングな大人の女性が格好良かった。ただ、フィナーレは男役でも良かったんじゃない?って思ってる。女役さんも素敵だったけど、男役さんのソラちゃんが好きなので。
ぶっちゃけ、すっしーさんが再びマリア皇太后を演じることに小さな不安があったんですよ。『神々の土地』のマリア皇太后は本当に素晴らしかった。『アナスタシア』と地続きのような感覚があっても、両作は全くの別物じゃないですか。別の世界じゃないですか。そこを自分が同一視してしまうんじゃないかと、不安だったんですよ。正直、上手く切り離して観られた気がしません。どうしても、オタク的クソでか感情が邪魔をしてしまった。それを邪魔とするのか、深く楽しむための要素とするかは別ですが。『アナスタシア』のマリア皇太后も素晴らしかった。でも、わたしの抱く人物像を上書きするほど”書き込まれて”いないので、なかなかむずかしいなあと思いました。感動はしたんだけど。その辺りの、芝居の趣と自分の感度が、東京ではどのように変化するかが楽しみです。
以下、印象に残ったキャストについて。
りんきら(凛城きら)のイポリトフ伯爵は、一瞬しか出てこないけれど、特筆すべき存在感。これはわたしがうんたらかんたら語るより是非、劇場でその歌声の響きを経験してほしい。そして感じてほしいです。特筆すべきとか言ったくせに!いやいや、語るのをサボっているわけではなくて(笑)これからご覧になる方に、わたしの拙い感想で、余計な先入観を抱かせたくないなと思ったの。そして、ひとりひとりの感動を大切にしたいと思うほどに素晴らしかったの。
ゴリンスキーのさお(美月悠)は、出てくる度に「やっぱり上手いなあ」と唸りたくなりました。雰囲気の作り方が上手い。空気の質感を変えてしまうことが出来るのが刺激的であった。
なんか、しどりゅー(紫藤りゅう)はちょっと勿体なかったなあと思った。役が少ないから仕方ないんだけど、夏の『SAPA』が良すぎた。もう少し活躍するところが観たかった。
役が少ないながらも、もえこちゃん(瑠風輝)のニコライ2世は格好良かった。男としての格好良さというか、父としての格好良さがあった。ここに出てくるニコライ2世は、アーニャから見た彼の姿なんだなあと思った。
個人的にいつもオペラで探しちゃう若翔りつ君。芝居の要所で光っていたり、フィナーレで銀橋に乗れて居たのがうれしかったです。
花宮沙羅ちゃんがバレエの場面に抜擢されていて、久しぶりのフィナーレではじける笑顔を魅せてくれて嬉しかった!
まだまだ発見したい人はたくさんいるのですが、なにせバイトの多い作品なので、オペラグラスの狭い視野では追いつけなくって!東京に期待!
【2021年の東京へ】
台詞が足りないよ!とか、衣装がかわいくない!とか、そういう小さな不満もあるんですけれど、またこの世界に出会いたい。
今は無事に公演がはじまって、終われることの方が大事です。現に、この規模の舞台が観られることは、世界的に見て奇跡です。劇団が、タカラジェンヌが、どれだけの覚悟と制約を背負って夢の世界を見せてくれているのか。もう一度深く考えて、この美しい劇場を守りたい、と思っています。