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シアターコクーン『夏祭浪花鑑』

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【期待】

シネマ歌舞伎で観た『三人吉三』の格好良さ、鮮やかさに憧れて、「いつかの日か渋谷でコクーン歌舞伎を」と思っていました。あの有名な、舞台奥の搬出口が開いて、役者が現実の世界に飛び出していくシーン。『夏祭浪花鑑』は、ニューヨークでの平成中村座の映像やそれについての文章で、断片的に触れたことがあります。調子が悪い日が続いて、チケットを取るのをすっかり忘れていたのですが、芝居に呼ばれていると感じる時はこんな時。なんとチケットが降ってきたのです。
シアターコクーンは数年前に訪れたことがあり、知っている劇場でした。今回も2階のバルコニー席で。手すりの間を覗くような、不自由な観劇体験には、この作品という事件の目撃者になったような不思議な臨場感がありました。でも花道が全く見えなかった(笑)本来だったら通路で繰り広げるであろう芝居も全て花道でされていたので、役者の声と1階席のリアクションを読みながら、想像力で補う必要がありました。まあ、それもなんか通な感じで面白いんですけどね。

【演出】

コロナ禍にあって、演出に制限があったと思うんです。でも、テンポ良く、濃厚で、疾走感のある演出に、家に帰ってもずっと興奮しきっていました。

幕開きが、こちらの世界と曖昧にじわじわと広がってゆく感じ。まだ、朝と夏には涼しかった、わたしの記憶の中にある日本の夏を思い出す。芝居の開始点が、内在する自分の夏の記憶になるとは思っていなかったので、面白く感じました。

光と影が現代的で且つ印象深かった。特に、舅殺しの場面の光の演出は本当に素晴らしかった。ライトを使わずにロウソクだけで舞台を照らし、ある種の密室感、殺人現場の目撃者になってしまったかのような緊張感があった。黒子の持つロウソクが、役者の表情をゆらゆらと照らし出しているのだけど、その表情の凄まじさといったら。まさに「見てはいけないものを見てしまった!」という衝撃。黒子がライトを持って照らし出すシルエットにも緊張感があり、そこに歌舞伎の輪郭が浮かんでいた。血しぶきが見えてくるような、凄まじい場面であった。
また、団七の家の場面での照明。鋭い角度から差すライトは、まるで夏の日の夕方の西日が差す様のよう。そして、色濃い影。舅を殺してしまった団七の心の闇のようで印象的だった。
そして、ラストシーンのストロボには、疾走感があって、ヤンキーの美学みたいな刹那的な輝きを見ました。

かの有名な搬出口から役者が出ていく演出は、あまりにも自分が新鮮な反応をしたのでびっくりしました。舅殺しをした主人公の団七が、祭の喧噪に紛れて現場から逃走する場面なのですが、ここでピークに達する観客としてのわたしの緊張感と、和太鼓の迫力ある音色、祭の衆の熱狂で煽られて、いかにも「演劇を見ている!」という興奮で頭の中がいっぱいになるんですね。そして、ゆっくり開かれる舞台奥の扉、搬出口。目に飛び込んでくるのは、強烈に鮮やかな自然光。そこへ雪崩れ込んでゆく祭の喧噪と主人公。自転車で坂を下ってゆく男の子。そのヘルメットの鮮やかなブルー。ゆっくり左折してゆく黒塗りの高級車。作り上げられた虚構と偶然の現実世界が共存している。現実の世界に確信を持てなくなる。「え?なにこれ映像?」と、虚構と現実の区別がつかなくなる。演劇の世界に浸っている人間に、突然現実の世界を見せると、めちゃくちゃ混乱することを知りました。この「わけがわかんない」感じが、自分でも予想が出来なかった感覚で、とても驚いたんです。不思議な気持ちになったけれど、爽快な演劇体験だったな。帰り道に搬出口をぐるりと覗いて帰って来ちゃいました(笑)外の世界から役者が出てくるところに偶然出くわしちゃった人にもなってみたい。びっくりするだろうなあ~~。

怒濤のエンターテイメント。中村屋のサービス精神旺盛な舞台は、他にも人形を使った演出もあって、本当に飽きる暇がない。ミニチュアのセットの中で、追っ手から逃げ回る巨大な団七(等身大の勘九郎さんなので巨大に見える)を見て、亡霊になった舅の霊が巨大化して怪獣みたいになって、ウルトラマンみたいに戦い始めたらどうしよう!?(そんなこともありそうなテンションそれがコクーン歌舞伎)ってわくわくヒヤヒヤしたよ。『つまり、こういうことです』と言わんばかり出てきたミニチュアお人形の団七にも笑ったし、等身大に戻った時に振りがお人形ちっくになっているのにも笑った。

【キャスト】

演出だけではなく、もちろん芝居も本当に面白かった。
以下、印象的だったキャストとそのお芝居を。

団七九郎兵衛/中村勘九郎
勘九郎さんの主人公・団七の二枚目っぷり。動く錦絵。粋がった浪速のヤンキーそのもの。ボッサボサの罪人姿から、一気に鮮やかな浴衣姿に変わった瞬間の、スポットライトを跳ね返すほどのまぶしさが格好良い。
市松への父性溢れる「大きくなったなあ」の台詞があったかくて、実の父子だから出せる空気感だよねえとほっこりしつつ、市松も嬉しそうで。
好きだったお芝居は、親殺しの後、手が震えて刀が鞘に収められない団七。根っからの悪人が故の殺しではなかったこと、むしろピュアな心を持ったが故の親殺しだった。
お梶に迫る徳兵衛を目撃してしまった時の、なんともいえないさみしい瞳も印象的だった。静かに去り状を投げつけるさみしさも。
ラストシーンの、逃げ出す団七と徳兵衛の疾走感も最高だった。一度は開いた別世界への扉(搬出口)も、今回は堅く閉ざされている。「はは・・・」という乾いた二人の笑い。スローモーションを照らすストロボが、刹那的な青春の輝きを焼き付けられた気がした。「もう走るしかねえ!!」と叫びながら迫ってくるような幕切れ。

お梶/中村七之助
印象的だったのは、去り状を手にして嘆くお梶なんですよね。本当に団七に惚れていて、大好きだったんだろうなと思った。只の親切心のつもりだったのに、こんなことになっちゃってお梶さん可哀想。自分の美貌に気付いてない美女って、つらいわね!
この作品の女性キャラクターは、お友達になりたい人ばかりだ。お梶さんは気が利く美人だし、琴浦はかわいいし、おつぎさんは面倒見が良さそうだし、お辰さんは度胸があって格好良い。
七之助さんはすっかり長三郎くんのお母さん役が板についてきましたね。前回の『袖萩祭文』に引き続き、お母さんっぷりに磨きがかかって見えました。普段から良く見てるんだろうな~~。

一寸徳兵衛・お辰/尾上松也
ずっと格好良かった。松屋さんの声も好きだし、体格も好きだ。肩周りが強そうなのも好きだ。
女形を見るのは初めてでしたが、お辰のふっくりとした、つやつやのおはぎのような色っぽさは一体何なんだ・・・。さっきまでの伊達男はどこに行ったんだ(ここに居ます)歌舞伎の女形の、人妻の色気って癖になるよね。お辰はお芝居も良くって、自分の顔を焼く場面が凄くて、思わず「熱い!」と顔を歪めてしまいそうになった。女の面子って凄いわぁ。こんなに度胸のある奥さんなのに、おつぎさんとお茶目な会話を交わしたりもしていて、かわいい!お友達になって欲しい!お洗濯しながら、旦那さんの惚気とか愚痴とか聞きたい!
後は、なんといっても、美しいお尻に触れておかなければなるまい。あれは見られるための尻であった。美しいお尻からの、お梶との絡み。筋書きには「わざと憎まれ役を買って出た」と書いてありましたが、わたしには本気にしか見えなかったぞ。松也さんの遠慮や照れが一切ない、七之助さんへの迫り方(役名で言え)にオペラグラス握りつぶすかと思った。ちょっとでも団七が障子を開けるのが遅くなったら、どうなっちゃうんだアレ。徳兵衛、あんたあんなに素敵な奥さんがいながら・・・。
団七への想いが溢れるお芝居も素敵でした。草履を見つけてしまう後ろ姿、団七を逃がしてやろうと一生懸命な姿。彼も浪花のヤンキーなんですよね。ヤンキーって奴らは、ピュアなんだよ。

市松/中村長三郎
本当に芝居が好きなんだなあ彼は。楽しそうにお芝居するよね。舞台の上手から下手まで走り抜けるだけなのに、ちゃんと芝居になっている。
集中力もある。ずっと見続けたい役者さんである。
今作に出演できなかったお兄ちゃん(勘太郞くん)は声の出演。気が付けてちょっとうれしかった。

三河屋義平次・舞台番笹平/笹野高史
芝居の導入での軽やかな存在感から一変して、めちゃくちゃ悪人の義平次。もう引くほど憎たらしい舅。そんな憎まれ口を思いつくなんて、一体どんな思考回路してるんだ!?悪い爺だ。そんな爺が本当に存在するかのようなリアルで泥臭いお芝居で魅せてくれた笹野さん。テレビドラマでしか拝見したことはなかったけれど、物凄い存在感と説得力だった。そして良い尻だった。
歌舞伎の殺しの様式美に、滅多斬りっていうかオーバーキルがあるようだ、ということに最近気が付いたのですが、この作品でもその様式美があった。めちゃくちゃ殺すんですよ。そして、びっくりするほどなかなか死なない。宝塚のラスプーチンくらい死なない。そこに噛み付いて離れない笹野さんのお芝居、迫力があったなあ。

釣船三婦/板東亀蔵
今まで見てきた亀蔵さん至上一番格好良かった!普段は飄々としているけれど、やるときゃやるし、やんちゃだった時代の血が騒ぐタイプ。着替えた着物の、ごっつい柄が格好良かったです。困ったときには相談に行きたい、地元の優しくていかついおっちゃんみたいな。
お辰さんとの芝居もよかったな~~。男の面子が立つだの立たないだの言ってんのが良かったです。
部屋の中で刀を振り回す人が居たら、わたしも畳を剥がして応戦したいと思いました。


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【生の舞台】

やっぱり配信より生のお芝居の方が何億倍も良いね。刺激される感覚が全然違う。勘九郎さんがカテコで「こんな時なのに、来てくださってありがとうございます。来るの怖かったでしょう?渋谷は人、多いもんね」と客席を気遣ってくれたのですが、わたしとしては「やる方も怖いことが多いでしょう?幕を開けてくれて、ありがとうございます」ですよ。
観劇後の熱に浮かされて、街をうろくつのも好きだけど、真っ直ぐ家に帰って、お菓子を摘まみながらプログラムを読むのもしあわせだな。そしてその熱は、わたしの心にエネルギーをくれる。そういう熱が、いまのわたしには必要です。


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