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シアターコクーン『天日坊』

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【期待】

初演を映像で見たことがあります。宮藤官九郎のテンポ良い台詞と、格好いい音楽、張り詰めるような緊張感のあるラストシーンに、手に汗握ったのを覚えています。印象は『現代的古典』です。黙阿弥作の古典なんだけれど、作品の筋を走っているテーマが、割と現代的に感じられたんです。個性を強く求められる現代と、江戸時代の日本人とでは、己の在り方についての叫び方が違うんじゃないかと思うんですね。実際にあった事件を元に作られた作品というのもとても興味深くて、実はこういった叫びは、時代関係なくあるものなんじゃないか。そんな印象を抱きつつ、実際に劇場でこの作品を観て、経験して、何を感じるんだろうといった期待がありました。
わたしにとっては二度目のコクーン歌舞伎です。土曜日の渋谷は人が多かったけれど、心なしかいつもよりひっそりとしていた気がしました。こんな状況でも幕を上げてくれることに感謝です。

【全体像】

脚本がクドカンなので、所々現代語が飛ぶテンポの良いお芝居でした。初演より30分カットされており『ああ、ここをカットしたのね勿体ない!』と思うところこそあれど、役者の仁と表現力に任せた部分も強くて、そこは面白く感じました。偉そうに言うとギミックのインパクトには欠けるかも。
『天日坊』の面白さは、最終的にめちゃくちゃ不安定なものの中にドカッと着地するところにあると思う。どうしたら良いかわからない。孤独でどうしようもない、みたいな。人間そんなに整合性のあるもんじゃないよねっていう。カチッとした正解を求めがちな自分の感性にデコピン喰らった感じがしました。
いろんな解釈ができる余白がどっしりとしてあるのも良かった。それがあるだけで、芝居に痺れた感覚が長く持続するから。最後の場面で振り返る男は頼朝なのか義仲なのか(プログラムで串田さんは勘三郎さんに頼朝で、と言ったようですが、今回はわからんよね!)父親が歌舞伎役者であったがために、人生が定められてしまう運命に生まれた歌舞伎役者にあの場面を用意するのも、めちゃくちゃ良い。ある意味とってもエグい。このメタのエグさがたまらない。
その孤独さと不安定さ、人間のあやふやさを格好良く表現しているバンドの演奏が素晴らしかった。特に、このお芝居でのトランペットは、とても孤独だ。このトランペットが聞こえてくるから、人は道を踏み外すよねっていう説得力があった。サントラほしい。トランペットのうねりが、法策の不安定な心と叫びのように鳴っていた。初演のように、ラストシーンの大立ち回りで、舞台上にズラリとトランペット隊が並ぶことはなかったけれど(実はいちばん観たかった場面)舞台から一段降りた客席側にバンドのピットがあるのもなかなか良かった。ちょうど舞台と客席の境界線上から音が鳴っているのが良かった。


【キャスト】

中村勘九郎/法策 後に 天日坊
勘九郎さんの17歳のお芝居がとても自然体で良かった。突然降ってきた運命に、どんどん顔色が変わってゆく様も良かったです。お三婆さんを殺す場面は、見ていて悲しかったです。「南無阿弥陀仏」の叫びが悲鳴のようにも聞こえました。
そしてもちろん、大詰めの殺陣!ゾワゾワした!鳥肌が舞台の方から波のように襲って来るのを感じました。ふと我に返って震える姿にリアリティが垣間見える。天日坊から、ただの法策に戻る瞬間のお芝居が素晴らしかった。

中村七之助/人丸お六
七之助さんは今回も強くてお綺麗でした。脚が綺麗なんだな。特筆すべきは大詰めの殺陣ですよ。あんなに動き回る女形って、他にいる!?お引きずりの着物の裾を常に捌きながら、刀を振り回しまくるのに、一切男が出ないその技に、惚れ惚れしましたよ。髑髏尽くしのお衣装も素敵でした。大詰めのために、わざわざ引っ込んで、着替えてくるのもよし。

中村獅童/地雷太郎
獅堂さんは、亀蔵さんとひたすらデカい声でバカな会話を続ける場面を超楽しみにしてましたが、めちゃくちゃ笑った。ただ声がデカいだけで笑えるという幼稚園児現象。殺陣も迫力があった。派手派手な衣装の着こなしもさすがで、ひとつひとつのキメが格好良かった。

市村萬次郎/猫間光義
萬次郎さん好きなので、お姿が拝見できただけでも嬉しかった。声がいいんだよねえ。高貴さが溢れている。

片岡亀蔵/観音院、赤星大八
亀蔵さんの観音院は、いやらしさの中に可愛らしさがあって、これこそ役者の仁だよなあと思いました。お布団敷いてあげようかなって思ったもん(笑)もっと、こちら側が嫌悪感を抱くレベルまでいやらしさを出してもいいのかなとは思いました。「あんな生臭坊主、殺されてもいいよね」と言う気持ちにはならなかったです(褒めている)
赤星は最高だった。太郎との大声合戦も爆笑したし、法策にお着物をぶん投げて来るのにも笑った。勘九郎さん飛んで行っちゃうかと思った。

中村虎之介/北条時貞
チャラ男時貞。みっくんの時貞にも「なんだこいつ笑」と思ったけど、虎之介くんにも「なんだこいつ笑」って思った。斬られた高窓との芝居が良かった。鶴松くんとの並びがいいよね。

中村鶴松/高窓太夫
お歯黒が可愛かった〜。時貞とのバカップル場面で、歯を出して笑っているのがチャーミングでとても可愛かったです。身重の高窓は必ずしも斬られる必要がなかった人物だと思う。歌舞伎はすぐに人殺を殺すから、そんなもんかなと割り切っちゃう自分の感覚がいやだな。高窓を斬った後の太郎のバツの悪そうな様が印象的です。

小松和重/越前の平蔵
大人計画の小松さん。今回が歌舞伎初出演だと、2幕の幕開きのフリー芝居で仰っていました。どこかで見たことあるなあと思っていましたが、ドラマにたくさん出ている人でした。実は〇〇と言った役所でしたが、匂わせ場面で薄すぎず濃すぎずの芝居をしていたのが印象的でした。

笹野高史/お三婆、鳴澤隼人
笹野さんのお三婆さん、すごく期待してたんですよ!この作品って、お三が殺されるまで、ほぼコントじゃないですか。そのコントの(コントじゃない)中心になって回しているのがお三婆さんなので、笹野さんにはとても期待していました。その期待を裏切らない笹野さん、最高でした。客席が使えない分、めちゃくちゃ動きがスローなおばあちゃんボケをどうやってくれるのかを楽しみにしていましたが、すでに「いる」だけで笑わせて来るのは流石。笹野さんはとても小さくて小柄なおばあちゃんだったので、法策に殺される場面の理不尽さと悲惨さが半端なかったです。
隼人は、時貞高窓のバカップルノリに一生懸命ついて行こうとする姿に泣けました(そういう芝居じゃない)

中村扇雀/久助
扇雀さんには、隠しきれないロイヤルみがあるので、匂わせ場面がめちゃくちゃ匂っていて、面白かったです。久助の匂わせ場面が結構カットされていたように思うのですが、扇雀さんの仁というか、芝居の説得力でねじ伏せた感があったかなあと思います。法策にとって、兄弟のように慕っていた久助の存在は、とても大きかったと思うので、芝居の要なんじゃないかなと思うんです。そこら辺を割愛しても成立させられるのは、扇雀さんの役者の技量なんだろうなと思いました。

【13人】

珍しく今期の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にハマって、毎週見ています。アニメの『平家物語』も見ていて、この時代のあれこれって、歌舞伎のお芝居のモチーフになっていることが多いので、面白く見ています。『天日坊』もその辺りの人物関係が被って来るので、より面白かったです。
『天日坊』はきっと、観るたびに感じるものが変化しそうだし、役者が年を重ねてこそ出せる味がありそうだなと思ったので、何年かおきにやってほしいなと思いました。コクーンシアターがなくなっても、コクーン歌舞伎やってほしいです。